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子ども・子育て新システムについて思うこと・その8~「すべての子ども」とは?~ [保育について]

子ども・子育て新システムについて思うこと・その8
~「すべての子ども」とは?~


2010年6月25日付けで、政府の子ども・子育て新システム検討会議が公表した
「子ども・子育て新システムの基本制度案要綱」には、目的の1番目に
「すべての子どもへの良質な成育環境を保障し、子どもを大切にする社会」の実現が
掲げられている。
http://www8.cao.go.jp/shoushi/10motto/08kosodate/pdf/youkou.pdf

しかし、基本制度要綱案を何度読んでも、
その後の基本制度ワーキンググループ(WG)、
幼保一体化WG、子ども指針WGなどの審議経過を見ても、
「すべての子ども」が指すものは、
「保育園利用者だけではなくて、家庭で子育てしている人も含む『すべての』子ども」
と言っているようにしか読めない。

「すべての」とか「普遍主義」という言葉を聞いたときに、
私が真っ先に思い浮かべるのは、社会的に疎外されている少数者である。

子ども分野でいえば、障がいを持つ子ども、特別な支援を要する子ども、要保護児童など、
多数決原理では、政策からこぼれおちてしまうけれども、
平均的なラインよりも多くの支援を必要とする子どもたちへの施策こそが、
「すべての子ども」と言ったときに思い浮かべる施策である。

具体的には、
・障がい児保育(できるだけ統合保育が望ましい)
・発達障害や、聴覚障害、視覚障害など、障がい特性に応じた特別な支援
・児童相談所の機能
・一時保護所の機能
・里親事業
・親のない子ども、親と暮らせない子どものための養護施設の事業
・ひとり親家庭援助事業(トワイライトとか緊急一時の宿泊保育とかとか)
・児童扶養手当や特別児童扶養手当などの現金給付
などなど。

地域主権改革で、一括交付金にされてしまったら、
絶対に縮小されてしまうような少数者のための事業こそ、
「新システム」に入れて、「子ども」紐付きにすべきではないだろうか。

こういった事業が含まれてこそ、「すべての子ども」のための
「子ども・子育て新システム」となるのではないか。

現在の基本要綱を見ていると、「すべての子ども」をはき違えているのではないか、
と毒づきたくなる。




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子ども・子育て新システムについて思うこと・その7~介護保険型の「利用者補助方式」への疑問⑤・保育料収入が減る~ [保育について]

子ども・子育て新システムについて思うこと・その7
~介護保険型の「利用者補助方式」への疑問⑤・保育料収入が減る~


2010年11月4日、基本制度ワーキングチームにおいて提案された
「幼保一体給付」の政府案では、介護保険をモデルにあげて、
給付に応じた一定の負担を求めることを原則とすべきではないか。
なお、その際、低所得者への配慮が必要ではないか」と記載する。
http://www8.cao.go.jp/shoushi/10motto/08kosodate/wg/kihon/k_3/pdf/s1-2.pdf

従来の認可保育所の保育料は、納税額に応じた階層区分に応じて定められる、
「応★能★負担」(各人の負担能力に応じて負担してもらう)の制度である。

最高区分だと、3歳未満児の場合、月10万円ほどの負担をしている人もいる。
他方、生活保護世帯では0円、市町村税非課税世帯だと数千円。

介護保険型の一律・一定割合負担の「応★益★負担」
(利益を受けた分だけ負担してもらう)にしつつ、
低所得者に配慮した制度にするとなれば、
新制度での一定額より高い保育料を払っていた人の分が自治体に入らなくなり、
(おそらく負担が減った分は「自由価格」部分に支払われる)
低所得者は従来通りの低額負担、ということになり、
「公定価格」による保育に使われる「保育料」収入は、減る。

高額所得者も従来は「公定価格」で受けられていた保育が、
「自由価格」に移行することにより、経済的にも負担は軽くならない。

結局、親の経済力によって、子どもを分断するだけの制度ではないのか?


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子ども・子育て新システムについて思うこと・その6~保育所では「幼児教育をしていない」という前提認識への疑問~ [保育について]

子ども・子育て新システムについて思うこと・その6
~保育所では「幼児教育をしていない」という前提認識への疑問~

 2010年11月19日、基本制度ワーキングチーム資料のうち、
「幼保一体化の目的について(案)」を見ると、
 http://www8.cao.go.jp/shoushi/10motto/08kosodate/wg/kihon/k_5/pdf/s1.pdf
「これまでの幼保一体化の取組については、
① 仕事と子育ての両立のための支援が進み、
就学前の子ども(5歳児)の約6割が幼稚園から小学校に入学する一方、
保育所からも約4割の子どもが小学校に入学する中で、
幼稚園・保育所を問わず、希望する全ての子どもに対し、
生涯にわたる人格形成の基礎である質の高い幼児教育・保育を保障するという
主として幼児教育の振興の視点、
② 仕事と子育てを両面で支援するなど
社会全体で次代を担う子どもの育ちを支えるという主として次世代育成支援の視点、
③ 家庭や地域の教育力・子育て力の低下、保護者の多様なニーズ等を踏まえ、
家庭や地域の実情、保護者の多様なニーズ等に応じ、
希望する全ての子ども及び子育て家庭を支援するという
幼児教育の振興・次世代育成支援共通の視点、
という3つの視点がある。」
と記載されている。

保育所では「高い質の幼児教育」が行われていない、
世界に誇る高い質の幼児教育を保育所でも受けられるように、
という前提の記載に読める。

二つの視点から疑問を持つ。

一つは、保育所保育指針を読めばわかるとおり、
保育所でも幼児教育への取り組みは位置づけられてきた。

我が家の中1、小4の子どもらを見ていると、
保育所だから幼児教育がなされなかった、
などということは全くなかった。

保育所は、日曜・祝日・年末年始の数日を除く他、
年間300日近く開所しており、その長時間保育の特性を生かして、
保育の中に、「幼児教育」を取り入れている。

例えば、
食育という観点からは、園庭やプランターでの野菜の栽培、
給食の時間には、栄養士から子どもたちに
「今日の献立の赤い食物は?緑の食物は?黄色の食物は?」という説明があったり、
年長児になると、「献立リクエスト」があり、2、3人のグループごとに、
栄養士と一緒に、栄養バランスのとれた、且つ、自分たちの好きな!献立をたてたり。

体育の側面では、例えば鉄棒が流行した時には、
長時間保育の利点から、子どもたちは朝から夕方までセッセと練習し、
クラスの多くの子どもたちが前回りのみならず逆上がりに成功、
空中逆上がりの連続記録も樹立された。

ブロック遊びが大流行した時は、子どもたちの凝った作品を壊すのが勿体なくて
使えるパーツが足りなくなってしまって、即席展示会を開催して、
「お父さん・お母さんに見てもらってからバラそうね」ということもあった。

劇ごっこで取り上げられるお話は、もちろん子どもたちに人気のある絵本から。

どんな場面でも、得意な子に苦手な子がコツを聞いて、
というのは当たり前の姿。
生活時間の大部分を保育所での時間がしめているから、
良いところも、足りないところも、全部ひっくるめて
認めあえる子どもたち。

「幼児教育」と大上段に振りかざした紹介はなくとも、
保育所でも充分「質の高い幼児教育」がなされていた。

もちろん、園によるばらつきが多いことは否定しない。
しかし、それは、幼稚園でも同じこと。
保育所だから幼児教育がおこなわれていない、質が低い、という決め付けを前提に、
子ども政策全体を大きく変えることには、大きな違和感を禁じえない。


二つ目。
子どもが小学校に上がってから、
「保育園出身の子は」という批判をしばしば耳にした。
当初は反発も感じたが、虚心坦懐に子どもたちの現象を見ると、
実は、保育所出身の子の中に集団行動ができない子が
比率としては多く含まれている、ということも事実であると気付いた。

実は、このことこそ、保育所が誇るべき文化である。

保育所出身の子に、集団行動ができない子が多く含まれる理由は二つある。

一つは、
0歳児、1歳児という低年齢から保育所に入所するため、
子どもの育てにくさや、発達の違いに気づく前に、
当然に統合保育が行われていること。

もう一つは、
「育てにくい子」、「落ち着かない子」、「目線があわせられない子」、「言葉が遅い子」など、
家庭だけでの養育が困難な子どもや、
そういった子ども側の事情も相まって、母子カプセルの中で虐待の恐れがあると、
児童福祉法24条4項の「要保護児童」ということで、
保育所が育児支援に乗り出すことになる。


一部の人気幼稚園で、「建学の精神」等から、子どもと家庭を選別していることとの対比で、
保育所が、「すべての子ども」を受容し、包含している事実は、もっと強調してよい。

世の中は、大人の(上司の)指示命令に従える人だけでなく、いろんな人がいる。
エジソンだって、ビル・ゲイツだって、大人の枠から見て「良い子」ではなかった。

一人ひとりの子どもの良いところを見て、伸ばしてやれる環境が大事。
保育園でも幼稚園でも、それが可能なだけの、
人(保育士・幼稚園教諭)の配置の余裕が必要。

子どもたちに金をかけなければ、日本はジリ貧である。



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子ども・子育て新システムについて思うこと・その5~介護保険型の「利用者補助方式」への疑問④・「直接契約」の負担~ [保育について]

子ども・子育て新システムについて思うこと・その5
~介護保険型の「利用者補助方式」への疑問④・「直接契約」の負担~

前回の-「指定制」と指導監督権限-に書いたように、
今の指導監督体制で、規制を外して「指定制」にすれば、
必ず、劣悪な認可外が認可施設に移行し、紛れ込んでくる。
劣悪な認可外は、金儲け本意だから、税金が入るようになったから、
「劣悪」じゃなくなる、というのは無邪気な妄想である。

地方自治体が、保育施設の質への監視に手が回らない、
にもかかわらず、
予告調査の結果のみで「適合施設」の○をHPに載せている、となると、
待機児童の親は、どうやって自衛したらいいのだろう。

自分で、午睡が始まった13時過ぎに、【突然】見学に行くしかない。
自分で、どんな施設があるか調べ、足を運び、自分の目で確かめるしかない。
凄く責任重大で、凄くシンドイ、大変な作業だ。

しかも、それって、全部の親が【突然】見学に行ったら、
まともにやっている保育園の側から見たら、いい迷惑。
実際、大変なことになっちゃうだろうなぁ。
子どもたちは、落ち着いて眠れなくて迷惑するだろうなぁ。

自分の目で確かめる余裕(リテラシー、眼力、時間、お金)のない親の子どもは、
いったい、どうなるんだろう?

こんな馬鹿馬鹿しいことを書かなくても済むように、
人の生命身体の安全に関する規制は、国が責任を持って行なって欲しい。




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子ども・子育て新システムについて思うこと・その4~介護保険型の「利用者補助方式」への疑問③・「指定制」と指導監督権限~ [保育について]

子ども・子育て新システムについて思うこと・その4
~介護保険型の「利用者補助方式」への疑問③・「指定制」と指導監督権限~

1.政府の提案=「指定制」

2010年11月4日、基本制度ワーキングチームにおいて提案された
「幼保一体給付」の政府案では、介護保険をモデルにあげて、
「客観的な基準を満たすことを要件に、多様な事業者の参入を認めるべき」とする。
「客観的な基準」の説明としては、
「財政的な基盤や組織等、サービスの質を担保するために必要な客観的基準」のみ。
「保護者の選択に資する観点から、情報開示の標準化が必要ではないか」と。
http://www8.cao.go.jp/shoushi/10motto/08kosodate/wg/kihon/k_3/pdf/s1-2.pdf

そして、政府の「待機児対策特命チーム」は、
保育サービス事業者へのヒアリング対象として、
ベネッセスタイルケアからヒアリングしたようである。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/taikijidou/

2.「指定制」への懸念

指定制によって保育事業に参入する「多様な事業者」が、
ベネッセのようなまともな会社ばかりなら良いのかもしれないが、
実際には「ちびっこ園」のように20年で21人死亡事故を起こす業者を筆頭に、
認可外保育施設の中には、死亡事故のリピーター事業者はかなりの数、存在する。
こういった金儲け本意で、詰め込み、保育士不足、子ども放置の劣悪事業者を、
どうやって排除するのかが、重大な課題である。

子どもの命は取り戻せない。
ゆめゆめ事前規制を緩めてはならない。

3.「ちびっこ園」の例

「ちびっこ園」では、全国66ヶ所のチェーン店で、
20年間で21人の死亡事故があった。
平成13年3月におきた21人目の死亡事故
(一つのベッドに2人の乳児を入れて、寝返りにより一方が他方に覆い被さり窒息死)で、
社長以下が逮捕され、有罪判決を受け、社名変更した。

会社の方針として、
「預け先が無くて困っているお母さんのため」という名目で、受け入れを断らない、
しかし、人件費比率31%以下、という全社目標のため、
安い時給でしか募集しないから常に求人を出していても応募が足りない、
時給が安くて保育士が定着せず、どんどん辞めていく、
1日おきに24時間連続勤務で回している園もあった。
現場の保育士にも可哀想な保育園だった。

同一のベッドに2人入れて死亡した事例が2例目だったこともあり、
現場の保育士ではなく、背後の社長以下マネージャーが逮捕・有罪となった。

4.リピーター事業者の点在

私自身が把握しているだけでも、大阪、川崎、郡山、山形で、
過去に死亡事故を起こした認可外保育施設での、
2度目、3度目の死亡事故が起こっている。

典型的なのは、うつぶせ寝で目を離して心肺停止で死亡、というもの。

5.都道府県・政令市の指導監督権限の不行使

ところが、平成13年の児童福祉法改正で定められた、
認可外保育施設の届け出制と、都道府県・政令市の指導監督権限、
平成14年の「小鳩幼児園」事件(園長が子どもを虐待して殺し、殺人罪有罪)で
権限不行使で国賠訴訟に敗訴した香川県が、
その後、平成18年に1件閉鎖命令を出しただけ。

全く機能していない。

先日、被告にしている郡山市からは
「認可外保育施設に対する指導監督権限について定めたものであり、
指導監督義務を直接的に定めたものではない。」という主張が出てきた。
最高裁判例は、権限不行使が許容される限度を逸脱していれば違法、とし、
およそ「権限であって義務ではない」という考え方は誤りである。)

都道府県・政令市の行政職員の認識は、この程度、ということである。

6.都道府県・政令市のHPに騙されないで

都道府県・政令市のHPに認可外の立入調査結果、
認可外保育施設指導監督基準に適合しているとした施設には
○がついている、というのが一般的。

保育士配置や面積に指摘事項がある園は論外として、
○がついていても全くアテにはならない。

最近のうつ伏せ寝死亡の相談は、
県のHPで基準を満たしていることになっているのを両親が確認し
県がお墨付きを与えているのだから大丈夫だろう、と預けたケースが多い。

しかし、立ち入り調査の実態は、厚生労働省のマニュアルに、
認可外保育施設への立入調査は、原則として予告して行くことになっている。

予告があれば、
普段は、詰め込み、保育士不足、午睡中もうつ伏せ寝で放置していても、
調査の日だけ、何人か子どもに休んでもらい、人手を足すことは簡単である。
そして、都道府県・政令市のHPに基準を満たした施設として掲載される仕組み。

子どもを亡くしてから、県に騙された両親は、
県を責めるのではなく、自分を責める。
何度、「あなたが悪いんじゃない」と言っても、
両親の自責の念を拭い去ることはできない。

7.指導監督のコストも含めて、「指定制」を考えて

介護保険では、「指定制」によって、確かに、サービス供給量は爆発的に増えた。
保育でも、供給量は増えるのかもしれない。

しかし、小さい子どもは、大人が見てなかったら、
本当に簡単に死んじゃう弱い存在である。

供給量は増えたけど、劣悪な事業者が紛れ込んでいて死亡事故も増えた、
という結果にしてはならない。

例えば、
悪い施設を排除するために、少なくも平均3か月に1回の、
午垂時間帯の抜打ち立入検査が必要だろう。
保育現場に足を踏み入れただけで多くのことを感じ取れる保育園長経験者と、
閉鎖命令を出せる法務能力を持った行政職員のペアで実施する必要がある。
2人で担当できるのは、1か月に20日勤務するとして、3か月で60日、
60施設が上限だろう。
当該地域の施設数÷60日×2人×人件費が、監督コストとなろう。

子ども・子育て新システムに予算計上を!

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子ども・子育て新システムについて思うこと・その3 ~介護保険型の「利用者補助方式」への疑問②・公定価格と自由価格~ [保育について]

子ども・子育て新システムについて思うこと・その3
介護保険型の「利用者補助方式」への疑問②・公定価格と自由価格~

 2010年年11月4日、基本制度ワーキングチームにおいて提案された
「幼保一体給付」の政府案は、
サービス利用量に応じて一律の負担割合で利用者が自己負担する、
従量制利用料の介護保険型の制度設計となっている。

 そして、「公定価格」を原則としつつも、
入学金や保育料、体操・音楽などの課外活動の実費
(体操や音楽のような基本的な活動までもが【課外】活動という位置づけにビックリ!!)
は「自由価格」として上乗せ可能だという。

このシステムでは、親にお金がある子どもと、親にお金がない子どもは、
別々の幼稚園・保育園・子ども園に通うことになるのは決定的だろう。

現に、費用補償方式(利用者補助制度)の介護保険では、
自費サービスを沢山払えるお金のある人は、
人手も充分、施設も広くて明るくて清潔、食事も選択肢がある有料老人ホームへ、
自費サービスを払う経済的余裕のない人は、
最低限の在宅サービスでギリギリまでつなぎ、
要介護度が上がって優先順位が上がったところで、
ようやく特別養護老人ホームに入る、
という経済力による峻別は明確である。

他方、現物給付型の医療保険では、
自由価格(自費診療)と、公定価格(保険診療)との混合診療は認めていない。
混合診療を認めないことによって、確立した治療は保険診療の枠で、
患者さんがいつでもどこでも必要な医療を受けられる制度が維持されている。
混合診療を認めれば、本来必要な医療も「自由診療」部分にされ、
金のない人は十分な医療が受けられなくなる、と指摘されている。

上記のように、「体操」や「音楽」までもが自由価格で上乗せとなることが認められると、
今まで、保育所で無償で子どもにやらせてくれていた、縄跳び、鉄棒、ドッヂボール、
跳び箱、マット運動などは、制度のもとではどうなるのだろう?

あるいは、
特別に講師を招いて行う「習い事」的なものだけ自由価格で上乗せ可能、という趣旨だとして、
自費の上乗せがある幼稚園・保育園・子ども園で、お金が払えないから自分だけ受けられない、
となった子どもの気持ちはどうなるのか。
例えば、
習い事の代表のようなピアノの個人レッスンを、保育時間内に実施する場合、
月曜日はAちゃん、Bちゃん、Cちゃん、Dちゃん、Eちゃんが30分刻みでレッスン、
火曜日はFちゃん・・・、金曜日は・・・Yちゃん、ときて、
クラスで1人だけ親が自己負担できなかったZちゃんはいたたまれないのではないだろうか。

基本制度ワーキングチームの「幼保一体給付(仮称)についてⅡ(案)」の25頁には、
「なお、入学金や実費徴収分については当該施設を利用する低所得者に対し、
何らかの支援が必要ではないか。」との記述が見られる。

しかし、ピアノやヴァイオリンの個人レッスンのような「自由価格」部分のレッスン代を、
低所得者とはいえ公費から賄うことに国民の理解が得られるのだろうか?

結局のところ、
自由価格部分たっぷりのお金を払える親の子どものための施設と、
自由価格を払えない親の子どものための公定価格のみの施設とに、
子どもが分断されていくのではないだろうか。

介護保険型の「幼保一体型給付」には、絶対に反対である。

従来通りの「現物給付型の保育園」を、量的に増やすほうが、
「すべての子ども」の最善の利益に資するのではないだろうか。




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子ども・子育て新システムについて、赤ちゃんの急死を考える会で意見書を出しました。 [保育について]

赤ちゃんの急死を考える会で、昨日、内閣府や各政党宛に
子ども・子育て新システムに対する意見書を提出してきました。

会長・副会長のほか、
今年1月に1歳になったばかりのお子さんを、
福島県郡山市の認可外施設で、うつぶせ寝にされて
頭から大人用のマイヤー毛布を被せられて亡くした件のお父さん、
2週間ほど前に大阪府下のファミリーサポートセンターの一時預かりで
生後5か月の赤ちゃんをうつぶせ寝にされて植物状態になった件の
おじいちゃんが同行されました。

大阪府の件では、1回目のときに顔に敷物の跡がついていたのを見て、
お母さんが、「うつぶせ寝にはしないでほしい」と言ったところ、
うつぶせ寝は体にいい、と言われ、初めての子育てのお母さんは、
「そんなものかな?」と思って、それ以上言えなかったとのこと。

赤ちゃんの急死を考える会が、80人ほどの赤ちゃんを対象に、
うつぶせ寝の実験を行ったビデオがあるが、
その後のアメリカでの小児科医の研究も含めて、
赤ちゃんがうつぶせ寝にされたときに顔を横に向ける動作は、
後天的に学習する能力だということが判っています。

保育ママやファミリーサポートの活用が盛んに言われているけれど、
今は母子手帳にも「あおむけ寝で育てましょう」と書かれており、
家庭ではうつぶせ寝にはしないのが通常なのに、
昔の子育ての時の知識で、うつぶせ寝はよく眠る、うつぶせ寝は健康に良い、
などと、生まれて初めてのうつぶせ寝にされた赤ちゃんが
そのまま死亡するのではたまりません。

待機児対策特命チームの報告では「研修の充実」と述べていますが、
現場の一人ひとりの保育ママにまで、徹底して初めて事故が防げるのです。
何人かの赤ちゃんが犠牲になるのはやむを得ない、などとということが
起こらないように、徹底してもらいたいものです。

以下、提出した意見書。

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                     2010年11月30日

子ども・子育て新システム検討会議 御中
内閣総理大臣    菅   直 人 殿
国家戦略担当大臣  玄 葉 光一郎 殿
少子化対策担当大臣 岡 崎 トミ子 殿
行政刷新担当大臣  蓮     舫 殿
総務大臣      片 山 善 博 殿
財務大臣      野 田 佳 彦 殿
厚生労働大臣    細 川 律 夫 殿
文部科学大臣    高 木 義 明 殿
経済産業大臣    大 畠 章 宏 殿

申 入 書


赤ちゃんの急死を考える会 
 
会長  櫛 毛 冨久美

副会長 小 山 義 夫

弁護士 瑞慶山   茂

弁護士 高見澤 昭 治

弁護士 寺 町 東 子


申し入れの趣旨


待機児童対策は緊急の課題ですが、子どもが犠牲になることを繰り返さないために、次のことに配慮し、子どもの生命・身体の安全の確保を最優先にした施策を講じるようにしてください。

1.認可保育所、認定子ども園、幼稚園、認可外保育施設、保育ママなど名称の如何を問わず、業として、他人の乳幼児を3人以上保育する施設(以下単に「保育施設」という)における人員配置及び面積の最低基準を緩和しないでください。特に、保育従事者がスキルを蓄積できる雇用条件を新たに最低基準に盛り込んでください。

2.保育ママなど家庭的保育サービスにおいても、業として、他人の子どもを預かる場合には、複数の保育従事者を配置することを最低基準としてください。

3.行政による指導・監督が行き届かない現状で、多様な事業主体に保育施設の運営を解放し、営利目的での企業参入を無条件に認めることには反対です。
百歩譲って多様な主体の参入を認める以上は、保育施設に対する行政の指導監督を実効あらしめる制度設計としてください。利用者直接契約・法定代理受領方式には危惧を抱いています。
とりわけ最低基準を満たさない保育施設や死亡事故のリピーター施設に対する規制・排除を強化してください。

4.保育施設における死亡事故の発生を予防するため、国が、保育施設における死亡事故を調査し、原因分析し、保育施策に反映すべきことを法律で規定してください。

5.全ての保育施設における死亡事故について、遺族が最低限の補償が得られるよう、独立行政法人スポーツ振興センターの災害共済給付を強制加入としてください。


申し入れの理由


1. 当会について

当会は、保育施設などで乳幼児を事故により亡くしたり、重度障害を負ったりした遺族・家族と、それを支援する弁護士を正会員とする会である。

2. 待機児対策について

当会が昨年11月に実施した保育施設における死亡事故240件のうち85%を認可外保育施設での事故が占めており、認可保育所による待機児童対策は最優先課題として進めていただきたい。
しかし、他方で、認可外保育施設で死亡事故が多いことの原因は、① 保育士の配置不足、② 詰め込み保育、③ 保育士が低賃金のもと短期間で入れ替わり保育スキルが乏しいなどの要因により、子どもに目がいきとどいていないことにある。
240件の死亡事故のうち約半数を占める午睡中の死亡事故の典型例は、慣らし保育中に分離不安でギャーギャー泣く乳幼児をうつぶせ寝にし、頭から毛布やタオルケットなどを被せて無理やり寝かせて放置した上で、心肺停止状態で発見するというものである。ここには保育士の人数の不足と、子どもの分離不安という正常な発達に対する認識の欠如、保育スキルの不足が存在している。
あるいは、詰め込み保育の典型例は、同一のベッド内に複数の乳児を寝かせ、乳児が折り重なって窒息するというものである。
これらの典型例から教訓を学び取り、子どもの生命と安全を護る待機児童対策をお願いしたい。

3. 最低基準の堅持を

全国知事会が最低基準の義務付けを外すために一斉に構造改革特区を申請するなどの行動に出ているが、人員配置及び一人当たり面積に関する最低基準は子どもの生命と安全を護る唯一の命綱である。都道府県が地域の実情に応じた独自の施策を実施するには最低基準を超えるところで独自の加算をすれば足りるのであって、子どもの生命と安全に直結する人員配置及び一人当たり面積に関する最低基準を割り込んで、都道府県の独自のレベルの低い保育施設を設置することは許されない。
子どもの生命と安全を護りながら待機児を解消するためには、一人当たり面積基準の緩和ではなく、最低定員数の緩和と補助金の増額によって手当てすべきである。
特に、先に述べたように、慣らし保育中のうつぶせ寝事故が頻発していることに照らせば、保育士が安い賃金で使い捨てにされて定着しないシステムには、子どもの命と安全を守る観点から問題がある。最低基準に、保育士の有資格者比率、正職員比率、定着率など、保育士の質を担保する基準を盛り込むべきである。

4. 必ず複数の保育従事者の配置を

 保育ママなどの家庭的保育サービスにおいても死亡事故は生じている。
典型例の一つは暴行などの虐待であり、もう一つは午睡中に保育ママの昼食などで目を離してうつぶせ寝で死亡するケースである。
業として、他人の子供を預かる以上は、複数の保育従事者を配置することを最低基準とされたい。

5. 保育施設に対する指導監督の強化を

平成13年11月の児童福祉法改正により、都道府県知事に、認可外保育施設に対する勧告、公表、閉鎖命令などの指導監督権限が付与されたものの、閉鎖命令が出されたのは平成18年の香川県による1件のみであり、その権限が十分に行使されているとはいえないのが実情である。その一方で、死亡事故を2度、3度と繰り返しながら何らの処分を受けることなく保育施設の経営を継続している認可外保育施設がいくつも存在する。
認可外保育施設での死亡事故が生じると、当該施設については、都道府県による立ち入り調査で、認可外保育施設指導監督基準の面積・人員配置を満たしていない旨の指摘が繰り返されていたことが明らかになるケースが多い。都道府県が繰り返し指摘しても事業者が改善しない場合に、閉鎖命令が適用されず、劣悪な認可外保育施設が放置されているのである。都道府県の担当者が、被害者遺族に対して「閉鎖命令を出したら、通っている子は行く場所がなくなっちゃうでしょ」などと嘯くケースすら存在する。
また、都道府県の認可外保育施設の指導監督担当者は、数名しか配置されていないことが多く、真面目に取り組んでいる担当者は、モグラ叩きのような状況に疲弊しきっている。
かかる現状で、多様な事業主体に保育施設の運営を解放し、営利目的での企業参入を無条件に認めることには反対である。
最低基準・指導監督基準を実効あるものたらしめるためには、指導監督権限を発動できるシステムを整備することが不可欠である。
現在検討されている子ども・子育て新システムでは、利用者補助方式を採用するものとされ、自治体は、利用者が指定施設と直接契約すれば、指定施設に利用料を法定代理受領で直接支払うという関係しか無くなってしまう。しかし、多様な事業主体に保育施設の運営を開放するのであれば、うつぶせ寝の禁止や保育士の配置、定着率など、保育の中身について、行政が強力に指導・監督し、子どもの命と安全を護る必要がある。保育の中身に直接的な指導・監督をなしうるためには現物給付方式を維持すべきである。

6. 事故の調査分析を
 昨年11月に当会が把握している1962年から2008年に起こった保育施設における死亡事故240件を分析した結果、認可外保育施設での事故が全体の約85%を占め、待機児対策は喫緊の課題である。しかし、他方で、認可保育所では2000年度までの40年間で15件だった死亡事故が、2001年度以降の8年間で22件と大幅に増加していた。
2001年は、小泉改革の「待機児童ゼロ作戦」により、認可保育所の「定員の弾力化」の上限枠が撤廃され、最低基準ギリギリまでの詰め込みが推奨されるとともに、これに伴う保育士の定数増は短時間非常勤保育士を当ててよいこととされ、「保育士定数の8割以上が常勤でなければならない」という規制がなし崩しにされた年である。
政府は、直ちに、規制緩和と認可保育所での事故の増加との相関関係を調査すべきである。検証なしに更なる規制緩和はすべきではない。失われた命は取り戻すことができない。
厚生労働省は、保育施設での死亡事故を調査する法的権限がないため、自治体から任意に報告があった事故しか把握していないという。しかし、多様な事業主体に保育施設の運営を開放する以上は、保育施設における死亡事故の発生を予防するため、国が、保育施設における死亡事故を報告徴収し、原因分析し、保育施策に反映すべきことを法律で規定すべきである。

7. 待機児童の多い地域での詰め込み保育が事故の一因である

(1)待機児童が多い地域でこそ、最低基準が子どもの命を守る
認可外保育施設の届け出制を定めた児童福祉法改正(平成13年11月)のキッカケとなった認可外保育施設「ちびっこ園」事件では、一方の乳児が他方の乳児の顔面に覆い被さり窒息死した。「ちびっこ園」では、「預け先が無くて困っているお母さんのために」という美名のもと、入園申し込みを断らず、乳幼児を狭い保育室に詰め込み、全国66カ所のチェーン店で、20年間に21件の死亡事故が起こっていた。21件目が社会問題化したことにより、ようやく認可外保育施設が届け出制となり、認可外保育施設に対する都道府県の指導監督権限が定められ、児童福祉施設最低基準に準ずる認可外保育施設指導監督基準が制定されたのである。
かかる詰め込みの劣悪な認可外保育施設は、待機児童が多い地域においてこそ成り立っているのであり、そこで多数の死亡事故が生じているのである。待機児童が多い地域の乳幼児こそ、最低基準により劣悪な保育施設から守られなければならない必要性が高いのに、同地域で最低基準を緩和することは劣悪な保育施設を認可していくことに他ならない。待機児童対策は、最低基準を守った認可保育所を増設することによって解消すべきであり、政府の方針は本末転倒である。

(2)児童福祉施設最低基準の緩和は、認可外保育施設指導監督基準の緩和に直結する
   現在の認可外保育施設に対する指導監督基準は、児童福祉施設最低基準に準じている。児童福祉施設最低基準の緩和は、重大事故の多発する認可外保育施設に対する指導監督基準の緩和に直結するものである。

8. 保育施設での死亡事故は、保育士が目を離した隙に起こる

認可及び認可外を問わず、保育施設での重大事故は、保育士が子どもから目を離した隙に発生している。最も多い事故類型は、午睡中に「うつぶせ寝」で、「長時間放置」し、「死後に発見」というものである。また、「目を離した隙に」生じた事故としては、押し入れの桟と保管してあった牛乳パックで作った椅子の角に首が挟まり頸部圧迫で窒息した事例、庭で栽培されていたミニトマトを口に入れて窒息した事例、本棚に入りこみ熱中症で死亡した事例、園外保育で車中に放置し熱中症で死亡した事例、その他、枚挙にいとまがない。
限られた人数の保育士が多人数の子どもから目を離さないためには、低年齢児につき現行の人員配置基準を維持するだけでなく、特に2歳以上児に関する人員配置基準を向上させるべきである。また、保育士配置基準の算定を、常勤保育士主体に戻すべきである。

9. 法律による授権の必要性~認可外保育施設指導監督基準についても法律による規則への授権を

現在、認可保育所に関しては、児童福祉法45条により、児童福祉施設最低基準の制定が授権されている。しかし、認可外保育施設については指導監督基準の制定が法により授権されていない。したがって、国の認可外保育施設の指導監督に関する通知(指導監督基準の例)は、児童福祉施設最低基準に準じているが、これは地方自治法第245条の4第1項に規定する技術的な助言にすぎない。
児童福祉法59条にもとづき、認可外保育施設に対する指導監督権限を持つ都道府県知事が認可外保育施設指導監督基準を制定しているが、待機児童が多く、認可外保育施設に頼っている都道府県においては、指導監督が十全になされないという事態が生じている。
乳幼児の死亡事故が多発する認可外保育施設に対する規制も、都道府県に任せるのではなく、国が法律により規制すべきである。

10. 全ての保育施設における死亡事故について、遺族が最低限の補償が得られるよう、独立行政法人スポーツ振興センターの災害共済給付を強制加入とされたい。


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子ども・子育て新システムについて思うこと・その2~介護保険型の「利用者補助方式」への疑問① [保育について]

子ども・子育て新システムについて思うこと・その2
~介護保険型の「利用者補助方式」への疑問①・「要保護児童」はどこへ

「子ども・子育て新システム」が、子ども関連予算を、
地方一括交付金から「子ども」の紐付きで守る、という意義については、前回述べた。

 しかし、2010年年11月4日、基本制度ワーキングチームにおいて提案された
幼保一体給付の政府案は、基本的にサービス利用量に応じて一律の負担割合で
利用者が自己負担する介護保険型の制度設計となっている。
かかる制度設計には、以下に述べる幾つかの懸念があり、反対である。

 現状、認可保育所は、児童福祉法24条4項、同25条、同26条の規定に基づき、
虐待の疑いがもたれるなどの「要保護児童」に対して入所勧告し、
措置的に入所させる機能を有している。
この機能に基づき、児童相談所では、
・子ども側の要因も含め養育に困難をきたしている家庭、
・家事育児が苦手でネグレクト状態になっている家庭、
・イライラして子どもに手を上げそうになってしまう家庭
などを援助する際に、保育所への入所を勧告している。

日中、子どもと離れる時間を持つことで養育の行き詰まりを防ぎ、
保育所の保育士から具体的な育児支援を受けることで家庭を支えている。

また、一時保護所や施設から家族再統合を図る際には、
必ず保育所への通園を条件として、
子どもの安全を確認しながら家族再統合を進めている。

 このような保育所の社会資源としての機能は、 新システムに移行しても、堅持されなければならない。


 ところが、
介護保険型の制度に移行した場合には、多くは貧困を抱える要保護児童の保護者も、
一律、サービス利用量に応じた一定の自己負担金を支払わなければならないこととなり、
上記入所勧告が遵守されない事態を招来する。
すなわち、要保護性の高い児童ほどサービス利用量が増え、自己負担金が高くなり、
保護者の経済力によって、要保護児童に必要十分なサービスが提供されないこととなれば、 新システムが言う「すべての子ども」から「要保護児童」が排除されることになりかねない。
政府は、障害者自立支援法における過ちを繰り返すべきではない。

 また、
介護保険型の制度に移行した場合には、公定価格に自由価格を上乗せしない施設では
収入が不安定になり、職員の不安定雇用化が進むことは既に実証されているところである。
「要保護児童」を受け入れる施設は公定価格のみでの運営が基本となるであろうが、
職員が不安定雇用化し、「要保護児童」及び家庭への対応に関する専門的知識・技能
蓄積されないこととなり、「要保護児童」及び家庭への支援が危機に瀕することになる。

 あるいは、
 通常の「保育に欠ける」要件で保育所に入所してから、
事後的に「要保護児童」として措置的に入所する必要があると認められた
グレーゾーンの子どもにも同様に、親の側がサービス量増に伴う自己負担増を恐れ、
必要なサービスを自ら絶ってしまう可能性もあり、児童虐待防止の観点からは、 利用者直接契約・利用者補助方式は、極めて問題である。

更に、安全面からも問題がある。
子どもに関わるサービスでは、子どもが適切にサービス内容を評価し、表現することが
困難であることから、自治体による質の面での指導・監督が十全になされる必要がある。
ところが、介護保険型の制度では、自治体と事業者との間には直接の契約関係はなく、 給付の法定代理受領制度があるのみであり
事業者の提供するサービスの質に問題があっても、利用者が選択して利用した以上、
自治体は給付を支払わざるを得ず、実効性のある指導・監督が及ばなくなる危険がある。

 加えて、事業者側による選別という問題もある。
事業者が「要保護児童」のような手のかかる子ども・家庭を選別・排除する事態も、
容易に想定される。
介護保険制度の下で、応諾義務を課せられているはずの施設やサービス事業者の間で、
応諾義務違反の拒否が横行していることに照らせば、
なにゆえ「子ども・子育て新システム」では大丈夫、といえるのだろうか?
自治体と事業者との間に契約関係がないところで、
どのように応諾義務を実効あるものにできるのか、疑問なしとしない。


 以上のとおり、介護保険型の利用者直接契約・利用者補助制度では、
「すべての子ども」が排除されない制度とすることは極めて困難である。
自治体と事業者との間の委託契約を前提とした現物給付制度を維持すべきである。


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子ども・子育て新システムについて思うこと・その1~「子ども」という紐付き~ [保育について]

子ども・子育て新システムについて思うこと・その1
~「子ども」という紐付き~


2010年6月25日、内閣府は、子ども・子育て新システム(以下「新システム」という。)の
基本制度要綱を公表した。
9月からは、基本制度、幼保一体化、子ども指針の3つのワーキングチームが設置され、
年明けの通常国会には新システムに関する法案を提出し、
2013年度には本格施行を目指す予定だという。

新システムの基本方針には、
「すべての子どもの良質な生育環境を保障し、子どもを大切にする社会」の実現を目的とし、
「子ども・子育てを社会全体で支援する」と書かれており、
子ども施策に関する財源確保を謳っている。
この総論に反対する人はいないだろう。

より積極的に支持できる面としては、
「地方一括交付金」から「子ども予算」を守り、
「子ども」というキーワードで紐付きにできることだろう。
地方主権改革による「地方一括交付金」に子ども関連予算が放り込まれてしまったら、
票を持っていない子どもを対象とした施策に、どれだけ地方自治体が取り組むかは
極めて疑問である。
その意味では、地方一括交付金から「子ども・子育て財源」として、
「子ども予算」を紐付きにして守ることは、極めて重大な意義を有している。

この一点において、「子ども・子育て新システム」絶対反対、とは思わない。
が、それ以外の点では、いろいろと疑問や注文をつけたい点が山積している。
何回かに分けて指摘したい。



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上尾保育所熱中症事故事件の判決が確定しました。 [保育について]

昨日、2009年12月31日をもって、
上尾保育所での熱中症死亡事故事件の判決が確定しました。

マスコミでは余り取り上げられませんでしたが、
判決は、上尾市立という公立保育所での死亡事故について、
公務員である担任保育士らの「重大な過失」を認定しました。

これは、私たち弁護士にとっては、衝撃的な判決です。

公務員は、国家賠償法という法律によって、
公務を行う上で、通常の過失によって、他人に損害を与えても、
国又は地方公共団体が賠償責任を負うのであって、
公務員個人は責任を負わないこととされています。
例外的に、
公務員個人に「故意又は重大な過失」があったときに、
国又は地方公共団体が公務員個人に求償権を有するに止まります。

そして、ここに公務員個人が賠償責任の求償義務を負う、
「重大な過失」とは、昭和30年代の古い最高裁判決によって、
「故意に近い」著しい程度のものに限定されていました。

民間の保育所だったら、私立学校だったら、
担任保育士や担任教師の過失の程度が重ければ、
当然、保育所や学校の設置者とともに、担任も個人責任を負います。
なのに、設置主体が公立だと言うだけで、
何故、子どもの死亡について過失のある担任が免責されるのか。
全く理解しがたい法律です。
私自身、公務員個人を被告にして、部分敗訴した経験があります。

ところが、今回の判決は、
一般に、保育士は、子ども一人一人を見て、その関係性も把握し、
子どもたちの動静を常に把握しなければならないこと、
担任同士の連携をしなければならないこと、
担任以外も、保育所全体で取り組まなければならないことなど、
まともな保育の水準を提示し、
その後、上尾保育所でのあまりにもでたらめな保育の状況を詳細に判示して、
「一般的に保育士に求められるべき注意義務の基準に照らして」、
悪質、重大な過失ありと断定しています。

更に、亡くなったV君の両親が、V君との関係性を憂慮し、
担任保育士に目配りを求めていたA君。
本件事故当日、A君とともにV君が保育室を出て行ったのに、
担任保育士はV君の両親の訴えを「一顧だにせず」注意すべきを怠ったばかりか、
担任保育士が数日前から大人の目を避けていると感じていたA君への配慮から、
敢えて、様子を見に行かないでいたことは、「強い非難を免がれない」と指弾しています。


この判決は、前記の古い最高裁判例の基準を本件に当てはめていません。
本来求められる注意義務のレベルと注意義務違反の程度を比較し、
かつ、
注意義務設定においては、その分野の専門家であることを踏まえています。
要するに、
「故意に近い」という、重過失認定を否定する方向で働きやすい基準ではなく、
為すべき義務と為した行為の乖離の大きさに焦点を当てるという、
新たな判断基準を示したのだと考えられます。
この基準は、これは酷い(過失が大きい)→重過失認定となるので、
重過失が認められやすくなる道を開いたという意味で、
画期的な意味があるのではないかと思っています。(自画自賛)

これは、前記の最高裁判例の射程を超えるものとも言えるので、
判例違背で控訴される可能性もあったと思いますが、
控訴されるリスクを負っても、基準を緩めて、重過失を認めたいと
裁判所も思ってくれた、ということでしょう。

12月30日までの控訴期限内に、上尾市は控訴しませんでした。

1時間以上もV君の動静把握を怠っていた担任保育士らは、
上尾市なり、自治体賠償責任保険の保険会社なりから、
損害賠償金の求償を受けることになると思われます。

民間であれば当たり前のことですが、
公務員の身分保障という地位にあぐらをかいて、
自らの職責を自覚せずに放任保育をしてきた上尾保育所の保育士たちに、
この判決をしっかりと噛みしめてもらいたいと思います。





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