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そもそも「保育」は成長戦略 [保育について]

そもそも「保育」は成長戦略

 これも平成28年4月3日に厚生労働省に送った「保育制度の現状」についての意見です。
 
1.保育士の処遇について

 保育士の処遇が低すぎます。
 処遇が低いということは、保育士が子どもを大切にできず、死亡事故につながる虐待保育が行われる大きな要因です。
 本来、保育は、子どもとのアタッチメント(愛着)を形成し、応答的関わりを通じて、低年齢の子ども達に、人に対する信頼、自分の思いを伝える力、他者を認識して協働する力など、様々な非認知能力・「生きる力」を育む大切な教育課程です。
 家庭の保育力・養育力が低下し、発達障害と誤診されるネグレクト児童が増える中、保育所は、保護者の養育力を高める仕事までも請け負っています。
 更には、DV離婚や貧困など保護者の問題を女性相談員や生活保護課などに繋げるソーシャルワーク機能も果たしています。
 このような専門職としての保育士に対しては、その専門性に見合う給与と、専門性を高めるためのOJTでの研鑽の機会を保障すべきだと考えます。
 保育士に、現在のような非正規雇用、低処遇が広がったのは、平成13年の短時間保育士の導入に伴う規制緩和と、平成15年の公立保育園の一般財源化が大きなターニングポイントでした。
 同一労働同一賃金の原則が採用されていない日本において、一定割合の正規雇用を義務付けることは、処遇の底支えとして必要ではないでしょうか。
 あるいは、人材バンクとして、あるいは要保護児童対策や民間保育所を支援する重要な社会資源として、公立保育所は、一定数残すように、地方自治体を誘導すべきではないでしょうか。

2.すべての子ども達が、保護者が希望すれば保育所に入れるように
 先に述べた、3歳未満児からの保育において、アタッチメント(愛着)を形成し、応答的関わりを通じて、非認知能力・「生きる力」を育む保育、他方で、家庭や地域の保育・教育能力が低下している現状の中で、保護者が希望すれば、すべての子ども達に提供されるべきものだと考えます。資源の無い日本において、人材育成以外に、発展の道は描けませんから、子ども達に生きる力を育むことこそが、成長戦略につながるはずです。

(ここからは追記)

3.高度成長時代の工場労働者に代わる「中間所得者層」の仕事は何か

 グローバル人材が流行ですが、グローバルにキラキラ活躍する人材だけで世の中が回っているわけではありません。
日本語中心に日本で生活していく日本人は、これからも多いと思われますが、この日本語中心に日本で生活していく日本人が、日本人らしい優しさで繋がって、生き甲斐を感じて働き、安定して結婚し、子を産み育てて行けるようでないと、競争競争で他人を蹴落とし、蹴落とされる不安で、心を病んでしまう人も増える一方でしょう。
では、グローバル化しても日本国内に大量に残る仕事って、なんでしょうか?
 それこそ、介護・医療や保育・教育などの日本人に対して日本語で提供されるサービスではないでしょうか。これらの仕事に従事する人たちに対して、まっとうな給料を支払い、夫婦共働きなら子ども2人大学まで行かせられる、というぐらいの処遇をすれば、分厚い中間所得者層が復活して、消費も含め、お金がグルグル回り始めるのではないでしょうか。
 介護や保育の従事者の給料を上げる財源はどうするんだ、と言われると思いますが、鶏と卵の関係で、介護や保育に財源を投与して、その従事者が分厚い中間所得者層になれば、その人達が分厚い消費者・納税者になり、お金はグルグル回るはずです。対外的には国際収支は大幅に赤字になるかも知れませんが、域内でお金がグルグル回って、人々が心の安定を取り戻し、幸せを感じられる人が増えるのであれば、庶民にとって国際収支が赤字でも大きな問題ではないように思います。
 ということで、保育士を「分厚い中間所得者層」の一角と位置づけて大幅な財政投入をすることを望みます。

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